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『噴火湾ノクターン』道新みなみ風コラムNo.3

(北海道新聞 夕刊みなみ風 リレーエッセイ「立待岬」2017年8月21日掲載)

『噴火湾ノクターン』

 1923年、岩手の童話作家宮沢賢治が、北の地を訪れた。函館と樺太を結ぶ列車に揺られながら、探しているものがあった。前年に24歳の若さで亡くなった最愛の妹、その魂のゆくえだった。  「駒ヶ岳駒ヶ岳/暗い金属の雲をかぶつて立つてゐる/そのまつくらな雲のなかに/とし子がかくされてゐるかもしれない」。

 車室の軋みは二匹のリスが鳴き交わす声や天の楽音に聴こえ、霜は車窓を凍らせる。賢治は嘆く。哀しみにいじけた自分の感情は、もう直らないと。道南で生まれた詩『噴火湾(ノクターン)』には切なる想いが綴られる。  賢治が妹を歌った『永訣の朝』は教科書で読んだ方もいるかもしれない。病に伏し、天に召される妹の、天上での食べ物を取りに、みぞれの中へ飛び出した兄の慟哭と祈り−。授業が終わっても、何度も開き直したページ。  その彼の足が翌年北海道を訪ね、駒ヶ岳の山頂に愛しい幻を見ていたとは。数年前、噴火湾の詩に出会って初めて知った。

 けれど哀しいだけではない。一行一行を読む。灯、照、夜明け、水明かり…描写されているのは、光。光の中で微笑む、妹の姿だ。  夏。北国の風光に期待を抱き、駅に降り立つ沢山の旅人。道を問われても頼りない私、地上の案内は不得手だが、もてなしの次元を超えた対話がこの地に在ることは知っている。観光という、光を観る営みの帰路に人々の幸せを願う。(童話作家)

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