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『仰ぎ見て極寒の星』道新夕刊コラムNo.29

北海道新聞夕刊みなみ風コラム【立待岬】2021年11月29日掲載

 

命を、夢を、青春を、友を、安らかな心を奪っていった戦争。

でも、それでも、奪えなかった。

その画家の、筆に宿る優しさまでは。

来年の公演開催を約束し、奥様と、そして寒空に輝く星と、お話をさせて頂きました。

『仰ぎ見て極寒の星』  高橋 リサ 

『石川慎三絵画展/シベリア抑留を描く』 。昨夏、市内で開かれた個展。 その方を知らなかった。だが突き動かされて足を運んだ。11枚の絵。爆撃、火葬・・・ある作品で、色彩が落ちた。紺碧の雪原をひかれてゆくソリが一人の亡骸を運ぶ。凍土を冷たく照らしながら、白金色の天球は昇ってゆく。短歌が添えてあった。〈故郷につながる想いシベリアの密林タイガに仰ぐ極寒の星>。


 函館で育ち、幼い頃から絵を愛した。画家への一途な志を戦争が奪う。敗戦後は捕虜となりシベリアで重労働に耐えた。帰国後に、戦争の記憶を描く事は決してなかったという。だが晩年、最後の力で筆をとられ、6年前に96歳で旅立たれた。


 個展を主催し、慎三さんと親交の深かった丸山泉さんの案内で、今月奥様を訪ねた。絵の話を聞いた私の師匠が、慎三さんの平和への願いを継承する音楽会を開こうと決意、その脚本と曲の完成報告のためだった。「とうちゃんどんなに喜ぶか」。奥様は、とうちゃん、と繰り返した。本当に優しい人でしたと。お見せ頂いた画集には、絵本のように温かな筆致で山や街、心静かな故郷の風景が描かれていた。同じ筆遣いだった。あのシベリアの絵群と。

 

描写されたのは辛い現実だった。だが、描かれたもう一つの真実に気づく。戦争は、この画家の筆の優しさまでは奪えなかったということを。


 私には、世界平和を実現する力は無いかもしれない。でも、平和を表現する事はできる。きっとそこに役目がある。頷いて下さるだろうか。消えかかる星を仰いだ。(童話作家)

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