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『とじられない耳を立てて』道新夕刊コラムNo.31

北海道新聞夕刊みなみ風コラム【立待岬】2022年4月15日掲載

 

「あの子らのゆってる事なんて、分からん方がええ・・・」。

毎年、夏に開催される函館競馬。

そのレースに出る馬を訓練していた調教師の言葉が、心から離れずにいて。

優しさのジレンマ、人である証。

『とじられない耳を立てて』  高橋 リサ 

 函館が舞台の漫画『純喫茶ねこ』を紹介する記事を紙面で見た。猫の言葉がわかる主人公と、猫たちの物語。想像するだけでハートフルな設定だなあと、あらすじに目を通していると、不意の涙が溢れた。思い出してしまった。ある調教師の言葉。「あの子らのゆってる事なんて、分からん方がええ・・・」。毎年、夏に開催される函館競馬。その競走馬を訓練する仕事で、関西から来ていた青年だった。憂いとも、哀しみともつかない感情が胸に伝った。


 競馬って・・・知らないままにしていた世界。分厚い歴史書を取り寄せた。日本がサラブレッドを輸入したのは、1894年、日清戦争の翌年だった。馬格が良く、活躍できる「活兵器」が必要だった。さらに日露戦争に苦戦する中で、競馬は軍馬の能力検定の最善策として推奨された。資金不足を解決するため、1906年に馬券の発売を始める。全国に、競馬場が新設されていった。


 故郷に還れず戦死した愛馬たち。その数は五十万頭であったとも言われる。今はもう、強い子を戦地へ送るための競馬じゃない。でも、レースで勝てない子に幸せな余生は無いんだという。どんなに性格が良くても綺麗でも、勝てなければ・・・。歓声の影に、祈りに沁みた手綱がある。


 訳あり猫達の要求を聞き、日々忙しい純喫茶ねこの主人公の姿が、物語を温めてゆく。応えられない切なさより、応えてあげられる忙しさ。でも、それをこそ幸せと思えるのが、人である証なのかもしれない。ことばに耳を傾ける。閉じられぬ耳を、与えられて。(童話作家)

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