『「交流」という和に守られて』道新みなみ風コラムNo.8
- 高橋リサ
- 2018年5月14日
- 読了時間: 2分
「国際交流」という和の中で体験したのは、異文化ではありませんでした。私がその後に受けたカルチャーショックは、異文化に対する、日本の同僚の心の態度でした。
守られた安全な出会いが、全て良いわけではないかもしれない。意図的に衝突を引き起こす「教育」も、計画されない「学び」もある。でも、人と人との無防備な、あの出会いと別れと再会の・・そこには揺るぎない狙いと価値がある。その一瞬を作るために行動をしてくださってきた、町の方々や、ご関係個人の方々への感謝も込めてー。

(北海道新聞 夕刊みなみ風 リレーエッセイ「立待岬」2018年5月14日掲載)
『「交流」という和に守られて』
先月、七飯町の姉妹都市の米国マサチューセッツ州コンコード町から高校生含む36名の訪問団が来町した。交流が始まって21年目。七飯町からも毎年町民が派遣され、私自身も7年前に派遣の機会に恵まれた。
米独立戦争の発祥地。「若草物語」などの文学作品を生んだ土地でもある。隣町にはハーバード大学。住民の方の懐の深さや思慮深さが心に残った。ビジネスや戦(いくさ)ではなく、交流という守られた環境で異文化と出会う経験は、イエス、グッド、サンキュー!を繰り返すのが精一杯ながら、帰国後、目に映る世界を確かに変えてくれていた。
ある接客関連のバイト中の出来事が忘れられない。その日、欧米からの観光客がお店に訪れた。日本では出会わない香りがふっと店内を包んだ。その時、記憶が蘇った。ホームステイ先のパパやママの笑顔。別れ際抱きしめてくれた温もり。あの香り。業務中なのに涙が溢れた。感謝をお返ししなくては。ところが他の店員が、くさくて息ができない!と窓を開けて仰ぎ始めた。その様子に驚きと悔しさの涙が混じった。見えるものの違い・・その店員らを責められない。ただただ自分が貰った「交流」という体験の尊さを思い知った。
歓迎会で抱き合い握手を交わす風景は何とも無防備。でも人間同士、本当はそうありたい・・素直な願いがこみ上げる。若い世代に、どうか幸福な出会いを。(童話作家)