歌える歌は
あんなに
うるさいほどだったのに。
いつしか
日暮れから夜にかけ
鳴く虫はたった一匹になって
昨日までは、裏庭で
今日は、前庭で鳴いている。
たった一匹になったのに
テンポを早めることもない。
それ以上、叫ぶこともない。
歌う歌は一生に
この曲、たったひとつだけ。
そんな歌を、持てるだろうか。
そこまでに信じられるひとつを。
窓に近寄れば
幾千の 鈴玉の歌がきこえだした。
こんなにも庭中で鳴いていたこと
信じられないくらいにおもった。
わたしにはずっと
あなたの声しか聞こえなかった。
もしも、呼ばれているのなら
いますぐ草むらに出ていきたい。
たったひとつを信じてうたう、
あなたを目指して出ていきたい。